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おざろぐ

東北から教育とか趣味とかをつづる小澤慎太郎のブログ

「将来の夢」を聞いた時の即答率がフィリピンと日本で違っていた~フィリピン視察報告②~

フィリピンの子どもに聞いてみた

将来の夢って何?

フィリピンでゴミを集めて生活している子どもたちの将来の夢を聞く機会がありました。

返ってきた答えは「finish study」

学業を終えること。

フィリピンの場合、小学校が6年あり、その次に中学校がなくて高校が4年間あります(あるいは中学校と高校が合わさって4年間と考えてもよいと思います)。

高校を卒業したら働くか、大学に行くという選択肢もあります。

フィリピンの人たちにとって「学業を終える」というのは、「大学を卒業する」ことを意味しています。

フィリピンでは、小卒か高卒か大卒かで、生涯賃金が決定的に変わってくる。

貧困から脱し、豊かな生活を送るためには、大学卒業が最低ライン。

そしてそのことを、子どもたちはすでに幼い頃から体感覚で分かっているのです。

家族が大好きだから家族と離れなければならない

他の子どもはこう答えました。

「help my mother」

お母さんを助けること。

フィリピン人の国民性は、とにかく家族愛が強いというところにあります。

家族が好き、母親が好き。

(フィリピンはキリスト教カトリックが多いので、避妊や中絶が禁止。ゆえに父親がいないシングルマザーも多く見受けられます)

家族の貧しさを助けるために、外に出て働き、お金を稼いでくる。

小学校の頃からすでに、子どもたちにはこの感覚があるのです。

家族が大好きだから、家族と離れ、一生懸命に働いて稼ぎ、家族にお金を送る。

僕の英会話のフィリピン人の先生は、毎月の給料から10万円以上を母国に住むお母さんに海外送金しているそうです。

それほど、フィリピンの家族は国境を越えて強い絆で結ばれているわけです。

日本とフィリピンで異なる「夢の即答率」

僕が注目した(というか気になった)のは、将来の夢をたずねた時の返答までの時間でした。

仕事柄、日本の子どもたちに将来の夢を聞く機会が多いのですが、即答する子どもはそれほど多くないように感じます。

少なくとも、不登校・ひきこもりの相談を受けていると、85%以上の子ども若者は即答できません。

「まだ分かりません」とか

「思いつきません」とか

「・・・(沈黙)」とか。

フィリピンでは一つの国の中にさえ、先進国と発展途上国が存在しているかのように貧富の差が激しく、身近に目標やロールモデル(ときに嫉妬の対象)を生み出しやすいのですが、

日本はとても恵まれていて、平均的に、生きることが保障されているから、ひょっとしたら明確な目標を持ちにくいのかもしれません。

成熟した社会と途上社会との違いもありますが、僕には他にも要因があるように思えてなりませんでした。

じゃあ夢を語れる子どもたちが増えるには

日本の教育には何が求められるのだろう?

僕がフィリピンで感じ取った1つの結論としては

「経験」

だと思います。

様々な人と出会い、いろいろなものや出来事を見聞きして体験する。

五感を通しての体験。

さらに、その体験が自分の人生にどのような意味があるのかを咀嚼して、取り込む。

今どう感じているのか?

そして、未来に向かって、新たな歩みを運んでゆく。

この過去・現在・未来の一連のプロセスが「経験」です。

「経験」=「体験」+「意味」

日本の教育を見ていると、座学が圧倒的に多いし、その多くが彼らの人生と結びついていないし、結びつけるような対話が日々なされていないような気がします。

経験の欠如。

「なんで勉強しなければいけないの?」

現場で多く見られるこの問いは、そのことを象徴的に物語っているように感じます。


「世界」と「自分」が結びついたとき、
人は世界の中で、自分の人生を歩み始める。

僕はこれからの日本を生きる子ども若者たちに、自分の人生の主人公になってもらいたいと願っています。


『dream』の古英語の語源は『喜び』という意味だそうです。

日本の子どもたちには、自分の夢を抱いてもらいたいし、生きていることにもっと喜びを感じてもらいたい。

そんな教育の想いが底流する学校をつくりたいと、僕は『夢』を持っています。